2013-10-22

国立国会図書館月報631号(2013年10月)23-29頁「本の森を歩く 第11回 中央集権と地方分権の歴史に関する12冊(後編)」

本の森を歩く 第11回 中央集権と地方分権の歴史に関する12冊(後編)  p.23-29
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8321812_po_geppo1310.pdf?contentNo=1

 「 だが、帝都北京それ自体が村人にとっては彼岸よりももっと見知らないところである7」
カフカ「万里の長城」1931 年

 カフカの作品は多様な解釈を許します。冒頭の言葉のように、帝都
は長城建設という大事業を続ける国家の中心でありながら、村人に
とっては彼岸よりも遠い存在です。両者の間には、広大な空間、中央
の意図を伝達するための複雑で入れ子のような手続、そして官僚機構
が横たわっています。カフカの他の作品でも、村を見下ろす山上にあっ
てどうしてもたどり着けない城や(『城』)、理由の分からないまま逮
捕された主人公が審理される裁判所に(『審判』)、国家や官僚機構の
イメージが重なることがあります8。2006年5月4日付け『朝日新聞』は、
フランス政府が同年秋から「お役所仕事」の非能率さを数値化し、「カ
フカ指数」と命名して公表すると報じています9。
 一方、ドイツの社会学者ウェーバーによれば、完全な発展を遂げた
官僚機構は、ちょうど機械が機械によらない生産方式に対するように、
従来の身分的・人格的な関係に基づく組織形態に対し、精確性、迅速
性、継続性などの面で純技術的な優秀さを示すといいます10。カフカ
はボヘミア王国プラハ労働者傷害保険協会に官吏として勤務し、勤務
を通じてさまざまな産業機械に通じていました11。カフカの『流刑地
にて』という小説には奇妙な機械が出てきます。将校が下した判決を
囚人の体に針で書き込みながら処刑する機械で、そうした処刑方法の
正当性をやっきになって証明しようとした将校は自ら機械に入って刺
し殺されてしまいます。この小説が書かれて20年あまりのち、ナチス・
ドイツという独裁国家が誕生し、極端なまでに組織化された管理体制
が敷かれたことに触れた解説もあります12。

7  フランツ・カフカ 著、池内紀 訳『万里の長
城 ノート1』(白水Uブックス 158)白水
社 2006 215 p. <請求記号 KS412-H26> 
pp. 182-183. 執筆は1917 年と推定されていま
す。カフカの死後、1931年に出版されました。
8  池内紀・若林恵 著『カフカ事典』三省堂 
2003 235 p. <請求記号 KS362-H3 > pp.
107, 110.
9  この指標はOECD 編、山本哲三 訳『世界
の行政簡素化政策 レッド・テープを切れ』
日本経済評論社 2008 22, 251 p. <請求
記号 A311-J44 > p.39 において「複合指標」
として言及されているものと思われます。
10  マックス・ウェーバー 著、世良晃志郎 訳
『支配の社会学 1』(経済と社会 第2部 第
9 章1 節-4 節) 創文社 1960 286 p. (「国
立国会図書館デジタル化資料」のご利用
になります。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/
pid/3447996(館内限定公開)) p. 91.
11 池内・若林 前掲注(8)p. 35.
12  池内紀「「流刑地にて」の読者のために」フ
ランツ・カフカ 著、池内紀 訳『流刑地にて』(白
水Uブックス 156) 白水社 2006 184 p. 
<請求記号 KS412-H22 > pp. 181-182.