ベルリン日独センター広報紙93号、2010年12月
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2011年2月にベルリン日独センターで、
出版)に収録されて文壇デビュー、翌1987年に日独語の詩集『
nichts』が刊行されます。
『カフカ開国』公演に向けて、
編集部:『カフカ開国』は先生の最新の戯曲です
が、タイトルの意味および内容(簡単なあらすじ)
を教えてください。
多和田:これは、ドイツ語の「ウンゲツィーファー」
という単語をめぐる劇と言っていいかもしれま
せん。カフカの『変身』ではみなさんご存じのよ
うに、主人公グレゴール・ザムザがこの「ウンゲ
ツィーファー」に変身してしまいますが、邦訳は「
害虫」その他いろいろありますね。クルーゲ語源
辞典で調べてみると、この単語はもともと「不浄
な動物」、おそらく「不浄なので、生け贄にふさわ
しくない動物」という意味であったろうと書かれ
ています。変身してしまったグレゴールはもう仕
事ができなくなる、あるいは仕事をしなくてもよ
くなるわけです。両親の借金を返すために働か
なければならなかったはずが、変身してしまって
からは不思議なことに、借金のことはもう問題に
されず、結局は家族がグレゴールの妹の結婚に
未来への希望をたくすことで終わっています。
『カフカ開国』はこの謎に満ちたカフカの「変
身」を芝居にしたものですが、同時に日本の開
国に関する物語でもあり、「夜叉が池」が出てき
て、泉鏡花自身も登場します。鏡花は、日本の近
代化が始まっても江戸時代の妖怪を忘れること
なく、怪しい世界を言語の中にすくいとることに
成功した作家だと思います。
編集部:先生の文学創作活動において、カフカは
どのような意義をもつのでしょうか。
多和田:カフカの文学では言語そのものの魔
術性と超現実主義的な要素がお互いに作用し
あっていて、ドイツ語文学の中では例外的な存
在だと思います。カフカは中学生の時から好き
でしたが、後にヴァルター・ベンヤミンのおかげ
で、再発見することができました。わたしは世界
各国を旅してきましたが、カフカはいろいろな
文化圏で若い人に読まれています。日本やアメ
リカだけでなく、中国やイスラム圏でも熱心な
カフカの読者と出会うことができました。
編集部:先生は日本語とドイツ語で執筆活動を
続けておられますが、最新作はどちらの言語で
書かれましたか。また、その言語を選んだ理由
も教えてください。
多和田:『カフカ開国』では、ある国で作り上げ
た作品をもう一つの国に輸出するのではなく、
作り上げる過程で既に、わたしたちが生活し、
稽古し、シュピーレンしている場所から学びた
いと思いました。この場合、場所というのはドイ
ツ語のことです。「シュピーレン」というドイツ語
には「芝居を上演する」という意味もありますし、
言葉遊びをする場合の「遊び」もシュピーレンで
すね。前者はらせん館の仕事、後者はわたしの
仕事です。このお芝居には日本語の部分もあり
ますが、その部分は意味が分からなくても、音
として楽しめると思います。
編集部:劇団らせん舘は、1997年から『サンチョ
パンサ』『 舞台動物』『 旅をする裸の眼』等の先
生の作品を上演してきました。らせん舘は、「諸
文化の狭間において、言葉の可能性の限界を追
求し、現代的な演劇形式を開発すること」を目指
しています。先生も、日本語とドイツ語、また日本
文化とドイツ文化の間をひんぱんに往来する人
物と目されていらっしゃいます。そういう意味で先
生とらせん舘は気性の似通う、親和力が作用す
る同士と言えるでしょうか。
多和田:わたしは魂がたくさんあるので、これ
からも魂の呼びあうたくさんのアーチストと出
遭いたいと思っています。ただし、派閥や一族
を作る気はありません。らせん館は1992年から
わたしの作品を舞台にのせ続け、他には例のな
い独自の美学を作り上げてきています。今の時
代、母語の通じない場所で暮らしているアーチ
ストや知識人はたくさんいます。外国語を舌に
のせる感触は、時代を代表する感触と言ってい
いのではないでしょうか。外国語を話す時、穴
があいていたり、折れていたり、割れていたり、
壊れていたり、ゆがんでいたりする部分があり
ますが、そんなところにこそ、本当に知る価値の
ある事柄が見えてくると思うのです。
編集部:先生の創作活動は詩、エッセイ、散文、
戯曲、放送劇と幅広く、ピアニストの高瀬アキさ
んと一緒にベルリン日独センターでデュオ・パ
フォーマンスの公演をされたこともあります。一
番好きな創作ジャンルを特定することは可能で
しょうか。そして、文学者として最も大きな影響を
受けたのは、どのジャンルでしょうか。
多和田:戯曲を読むのは昔から好きで、シェイ
クスピア、チェーホフ、ギリシャ悲劇から始まっ
て、クライスト、ビューヒナー、ハイナー・ミュラー
など読みました。でも詩や散文などを読んだり
書いたりするのも戯曲と同じくらい好きです。
どのテキストも自分に合った形式を見つける
必要があります。だからいろいろなジャンルで
創作するのです。
編集部:『カフカ開国』は、「日独交流150周年」の
公式認定行事として上演されます。作品に、日独
関係に関する言及もありますか。
多和田:長い鎖国が終わって、日本は長い間閉
じていたささやかな扉を開きました。プロイ
センは近代化のスピードが速かったので日本
の近代化のお手本に選ばれました。でも近代
化を猛スピードで行なうことは人間や文化に
どのような影響を与えるのでしょう。江戸時代
の化け物や幽霊たちは姿を消す暇がなかった
ので、生き残り、最新技術、アニメ、マンガの中
に再登場します。日本はただただ遅れまいとし
て、近代化、軍事化、アジア隣国の植民地化、戦
争、民主化、工業化の中を突っ走ってきました。
今こそ足をとめて休息しながら、自分の国の歴
史を批判的に振り返ってみる時が来たのでは
ないかと思います。