第1日 5月25日(土)ポスター発表(13:00〜14:30) G会場(113教室)
役人フランツ・カフカと事故ネットワーク
横山 直生YOKOYAMA, Naoki
本ポスター発表は,未だ周知されているとは言えないフランツ・カフカの資料,
彼がプラハ労働者災害保険局で書いた『役所文書Amtliche Schriften』(Kritische
Ausgabe: S. Fischer. 2004)をめぐるものである。特に,労働と事故,保険法,メデ
ィア技術を介したデータ,並びに,同時代の言説における抑圧と欲望の現れへの
カフカの対応を,下記のキーワードを中心に議論する。
発表者は聞き手に,『役所文書』「年時報告書1915,1916,1917」の訳案と,プ
ラハ局が当時,事故の調書作成等に用いていた「書込み用フォーマット」等の統
計用資料を配布する。
a. メディア機能:役所の仕事に用いられたタイプライターと写真,事故と保険を
扱う統計学と確率論,労働現場で使用される機械といった,現実を別の形に変え
て処理を行う装置とその機能について
b. 個別端末:保険局・陸軍・商工組合といった保険利権に絡むもの,労働作業者の
手,傷痍兵の失われた手足,統計よって特定の危険度クラスに分類された工場と
いった,様々な立場からの現実への接近について
c. 伝送網と痕跡,ネットワーク機能:個人的な事故−保険統計学−カフカという
経路,戦線から流れ込む傷痍兵と神経症,役人仕事と文学執筆の関係といった,
此処と別の時と場をつなぐ情報や力の伝送について
参考:横山直生(早大文研博士課程在学):フランツ・カフカ『役所文書』における、抑圧と解放の技法
@早稲田ドイツ語学・文学会第20回研究発表会【2012年9月29日】
本発表はまず、カフカの 『役所文書』が2000ページにわたる膨大な資料としてまとめられた現在も、それは注目するに値しない完全に非文学的なものとして扱われている状況を報告し、その不幸な歴史について振り返る。その後、以下の二つの側面から、この資料の積極的な読み直しを行う。
1.誰かが法テクストの下で労働を管理し監視するということ。あるいは、その誰かが現実を象徴言語に還元し、言語において権力に合わせて改変するということ。それは「労働災害補償」という名の下で、匿名の言説の権力が実際的な生をソフトに抑圧するという、非常に見えづらい束縛の体制である。そして、有能な官吏としてのカフカはその尖兵であるといってよい。このような視点からテクストに潜在している、当時のカフカによる(カフカの『日記』は明確にあらゆる抑圧作用を退けているにもかかわらず生じる)抑圧作用を分析する。
2.カフカは幅広い労働分野での機械のエキスパートでもあったし、また当時発明されたばかりの電話とかパルログラフといったメディア装置にも鋭敏に反応している。このカフカのメディアへのまなざしは、彼の中のメディア転送システムとして働き、役所資料が現実の労働現場からの写真、図版、アンケート、請願書、あるいは足を使っての現地視察といった転送技術によって作られている限りで、このメディアへのまなざしは、テクストの内容においてのみならず、書字の技法の中にも効果を発揮する。それは、互いに離れた個別の労働同士を一つの伝送ケーブルの上で相互に参照させる。それは、ある肉体とその遠近法からしか成立しなかった労働を、複製に転写し、情報の交通網において匿名のデータ帯域として共有させる。そしてそれは、記号を意味という権力から解放し、事故という大きすぎる判断の一撃を、怪我という個別症例が発生する判断の過程へと拡散させる。こうしてそれは、彼の文学における逃走の試みの別分野での変奏といってよい。このある制限にとどめられていたものをその敷居の外へ解放する逃走プロセスは、彼の文学を貫いているものであるが、それはこの役人の抑圧的な言説の上でも同時に作用している。
これらのことをカフカの『役所文書』1907-1910年までの報告から分析する。
参考:http://hdl.handle.net/2065/30757
Title: 「テクストの枠を破壊する」ということ 明星聖子著 『新しいカフカ 編集が変えるテクスト』 慶應義塾大学出版会, 2002年
Authors: 横山 直生
Alternative: YOKOYAMA, Naoki
Publisher: 早稲田ドイツ語学・文学会編集委員会
Issue Date: 25-3月-2004
jtitle: Waseda Blatter
ISSN: 1340-3710
第1日 5月25日(土)ブース発表2(16:00〜17:30) H会場(106教室)
カフカ文学における異文化性とユダヤ性
林嵜 伸二
カフカ文学の中で,とりわけ1914〜1917年に頻出する異文化性(異国,異人,
異文化間の遭遇と関係)の描写は,その頃カフカを悩ましていたユダヤ人問題(自
らのユダヤ的アイデンティティーの問題)と密接な関係があるのではないか。こ
の関係についての研究ははまだ少ない。
その理由としては,シオニズムやユダヤ人の否定的イメージに過敏なドイツ国
内ではカフカ文学におけるユダヤ性(とりわけシオニズム像)についての研究も
あまり進まないという事情が一方であり,他方でドイツ国外ではカフカ文学の異
文化性の研究が,自国の成り立ちの問題に立ち入ることを研究者に強いる場合も
あって,避けられがちであったという事情がある。
しかし,「カフカ文学における異文化性とユダヤ性」についての包括的研究は,
カフカが描かなかった,そしてユダヤ民族との利害関係が比較的小さい地域(例
えば日本)でなら可能であると考える。加えて,近年になってドイツ内外で異文
化学やポストコロニアル批評の影響のもとに,カフカ文学の異文化性への注目が
増してきており,カフカ文学におけるユダヤ性についても,主にドイツ国外の研
究者によって精力的に進められつつある。
本発表では,このような近年のドイツ内外の研究状況の変化も踏まえ,上記テ
ーマについて今日日本でなし得る研究がもつ可能性を論じたい。また,日本では
どのように(カフカの)ユダヤ人問題にアプローチすべきかという問題について
も意見交換をしたい。
第 2 日 5 月 26 日(日)
口頭発表:文化・社会
1. 「書籍学講座」における研究と教育 — マインツ大学の事例を中心に —
竹岡健一
発表者は近年,ドイツにおける会員制の廉価書籍販売組織「ブッククラブ」に関する研究の過程で,書籍の製造・普及(販売)・受容を主な研究対象とする「書籍学(Buchwissenschaft)」の重要性を強く意識するに至り,ドイツの大学におけるこの学問分野の発展について,文献調査と現地調査を行った。本発表は,それらの成果に基づき,次のような内容を扱う。第一に,ドイツの大学における書籍学関連教育課程の現状を通して,この学問分野の成立時期,主な研究対象,方法論的特色,教育における職業実践的傾向の重視などを確認する。第二に,書籍学の独立性をめぐる議論に目を向け,書籍研究の長い伝統の中で新たにこの学問分野が登場した経緯とその問題点を跡づける。第三に,マインツ大学書籍学講座の事例を取り上げ,グーテンベルクとインキュナブラを主な研究対象とするマインツ市の寄付講座から書籍をめぐるアクチュアルな諸問題を扱うアカデミックな研究所への発展と,教育面での職業実践的な傾向の強まりを指摘する。第四に,書籍学講座を特徴づける職業実践的な教育の具体例として,実務家を交えた講義,図書館・文書館等での研修,教育用印刷所での実習,書籍見本市への参加,出版社文書館の活用などに言及する。以上の説明の後,書籍の経済的・物質的側面を重視する書籍学に関する知見を得ることがわが国における文学の研究と教育の発展にもたらす意義を述べ,結論とする。
「ドイツ家庭文庫」における本の装丁の重要性について
竹岡 健一 , タケオカ ケンイチ , TAKEOKA Kenichi
鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集=Cultural science reports of Kagoshima University 76,
53-75, 2012-07-17
「ドイツ家庭文庫」における図書提供システムと「信念のきずな」のかかわりについて
竹岡 健一
九州ドイツ文学 (26), 27-55, 2012
ドイツ民族商業補助者連合(DHV)の教育活動 : その全体像と「民族主義的」特色(第2部)一般教育、青少年教育、および結論
竹岡 健一
人文学科論集 : 鹿児島大学法文学部紀要 -(74), 133-164, 2011-07
ドイツ民族商業補助者連合(DHV)の教育活動 : その全体像と「民族主義的」特色 補説 フィヒテ協会と雑誌『ドイツ民族性』
竹岡 健一
九州ドイツ文学 (25), 27-54, 2011
ドイツ民族商業補助者連合(DHV)の歴史と活動--労働組合活動と政治的動向とのかかわりを中心に
竹岡 健一
人文学科論集 (71), 155-173, 2010-02