ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言
水野千依 著
定価/本体価格 13,650円/13,000円
判型 A5判・上製
ページ数 920頁
刊行年月日 2011年
ISBNコード 978-4-8158-0673-6
Cコード C3071
■内容紹介
奇跡像、蠟人形、幻視 …… 近代の「芸術」からはこぼれ落ちる、「迷信」
に満ちたイメージの力を無視することなく、人々がそこに残した痕跡や文化の記憶が織りなす複雑な地層を、図像・文書の丹念な解読によって辿りなおし、ルネサンスの多元性を蘇らせた
「イメージの歴史人類学」 の試み。
■目次
序 章
第1章 聖なるものの地政学
—— トスカーナ地方における聖母像崇敬の流行と変遷
第1節 都市周辺部の聖母像崇敬
1 チーゴリの聖母
2 セルヴェの聖母
第2節 都市-周辺部の力学
1 インプルネータの聖母
2 プリメラーナの聖母
第3節 都市の聖母像崇敬
1 オルサンミケーレの聖母
2 サンティッシマ・アヌンツィアータの聖母
3 ルバコンテ橋の恩寵の聖母
第2章 像の再活性化/無効化の力学
—— 中世末以降の聖像の死後生と修復
第1節 トスカーナ地方における奇跡像の修復 —— 聖母像を中心に
1 聖なる身体の重ね描きと置き換え —— 様式概念と礼拝価値
2 「芸術様式」 の時代における聖像の修復
—— ネーリ・ディ・ビッチの 『覚書』 に見る修復的処理
第2節 アルプス地方における奇跡像の修復
—— 「聖クリストフォルス」 と 「主日のキリスト」 を中心に
1 同一図像の重ね描き、反復/並置、アッサンブラージュ
2 図像の横滑り
第3節 像への冒瀆あるいは像の教育学
1 像への検閲と図像の変容 —— 「主日のキリスト」 を例に
2 教化としての冒瀆 —— イメージの教育学
第3章 痕跡と分身 —— ルネサンス肖像史再考
第1節 ルネサンスの肖像とマスク
1 《ニッコロ・ダ・ウッツァーノ》 問題
2 ルネサンスにおける型取り肖像
第2節 イマーゴ —— 「祖先の像」 と 「像による葬儀」
1 古代のイマギネス
2 ルネサンスにおけるイマギネスの残存
第3節 余剰性と反転性 —— 分身としての肖像
1 分身=コロッソスとしての肖像
—— デヴォトゥス/ホモ・サケル/主権の身体
2 過剰と反転 —— 像による神格化/像による懲罰
第4節 エクス・ヴォート —— 死と蘇生の物神
1 奉納像
2 展示のポリティクス
3 「分配される人格」 —— 崇敬と冒瀆のはざまで
4 犠牲と贖罪 —— 死と蘇生の物神
第4章 「肉の目」 と 「心の目」 —— 「心の祈禱」 の実践と図像
第1節 寄進者の肖像 —— ロレンツォ・ロット作対幅画
1 作品の来歴と同定
2 《キリストの母への暇乞い》 とエリザベッタ・ロータの肖像
3 《キリストの降誕》 とドメニコ・タッシの肖像
第2節 「新しい敬虔」 とイタリアにおける 「心の祈禱」
1 北方における 「新しい敬虔」 と 「心の祈禱」
2 イタリアにおける 「新しい敬虔」 と 「心の祈禱」
3 イタリアにおける 「心の祈禱」 と図像
第3節 サクロ・モンテ —— 「場の記憶」 と 「心の巡礼」
1 サクロ・モンテの起源をめぐる状況
2 サクロ・モンテ初期構想における 「トポミメーシス」 と 「心の巡礼」
3 カイーミの 『四旬節説教』 にみる 「秩序」 と 「場の記憶」
4 「場」 の模倣から 「奥義」 の演出へ
第5章 予言と幻視 —— ルネサンスの終末論文化における図像の地位
第1節 「田園の聖母」 の顕現 —— 幻視と集合的トラウマ
1 「田園の聖母」 のシナリオ
2 幻視の伝達回路と図像イメージ
3 集合的トラウマと幻視 —— 「執り成し」 の図像とその変容
4 無効化される 「田園の聖母」 —— カトリックと改革派のはざまで
第2節 「徴候」 としての怪物
1 「予言的怪物」 のルネサンス
2 解読される怪物たち —— イタリア戦争と予言文化
3 怪物の形態学
第3節 予言文化の終息とその残響
—— サン・マルコ大聖堂とフィオーレのヨアキム
1 サン・マルコ大聖堂のモザイク解釈をめぐる異端審問
2 モザイクをめぐるもうひとつの裁判
3 ヨハネ黙示録の図像の変遷とサン・マルコ大聖堂のモザイク
4 サン・マルコ大聖堂におけるフィオーレのヨアキムの予言の伝統
5 職人集団によるもうひとつの黙示録解釈
6 サン・マルコ大聖堂のモザイクにおけるヨアキム的予言の継承
終 章
■著者
水野 千依
【研究テーマ】
イタリア・ルネサンス美術史および芸術理論
イタリア・ルネサンスというと、人文主義を背景にレオナルドやミケランジェロなどの天才芸術家が活躍した芸術の黄金時代を思い浮かべることでしょう。たしかにこの時期、美しいものとして造形を嘆賞する態度が前景化したことは疑う余地もありません。しかしながら、ルネサンス文化において、イメージへの美的な新しい態度は、先在する宗教的で「迷信的」ともいえる態度と相互に関わっていたのも事実です。わたしは、この対話的出会いがいかに新たなイメージの歴史を紡ぎだしてきたのかという点に着目し、多角的に研究を進めています。ときに古代の異教的慣習や土着の民間信仰の残滓を刻み込み、像を畏怖し、崇敬し、攻撃した当時の人々の心性を、歴史人類学的視座から理解することを試みています。具体的には、奇蹟や幻視にまつわる像の地位、瞑想や記憶術と図像の関係、終末論的予言文化における図像の役割、出産儀礼や葬祭儀礼における像の機能、イメージの「力」を再活性化したり無効化したりする近代以前の修復的身ぶり、奉納像(エクス・ヴォート)やデス・マスクの系譜などのテーマを中心に、必ずしも芸術革新という側面だけでは語りつくせない、ルネサンスのイメージの多元性を少しでも解明できればと考えています。
【主な著作】
『西洋美術館』(共著 小学館 1999年)
ゴンブリッチ『規範と形式』(共訳 中央公論美術出版 1999年)
『カラヴァッジョ鑑』(共著 人文書院 2001年)
ディディ・ユベルマン『残存するイメージ』(共訳 人文書院 2005年)
エリー・フォール『美術史 近代美術Ⅰ』(共訳 国書刊行会 2007年)
『ジョットとその遺産展』(展覧会カタログ 責任編集 損保ジャパン東郷青児美術館 2008年)
【主な論文】
「絵画の語り、聖劇の語りーロレンツォ・ロット作スアルディ家礼拝堂フレスコ画装飾をめぐって」
(『美術史』145号、1998年)
「死と蘇生の〈物神(フェティッシュ)〉ーサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ聖堂奉納像」
(『美術フォーラム』8号、2003年)
「ヴァラッロのサクロ・モンテ創設期におけるベルナルディーノ・カイーミの構想-〈場の記憶〉と〈心の巡礼〉」(『京都造形芸術大学紀要』9号、2006年)
「〈健やかなる男児〉と〈怪物〉の誕生ーイタリア・ルネサンスの出産装飾にみるイメージの〈力〉」
(『AUBE-比較芸術学』2007年)
「田園の聖母の幻視ー16世紀イタリアの田園文化と聖母信仰をめぐる一考察」
(『芸術学研究』2号、2008年)
「ルネサンスの芸術家工房ーネーリ・ディ・ビッチの『覚書(Le Ricordanze)』から」
(『ジョットとその遺産展』、2008年)
【主な展覧会企画、その他】
『ジョットとその遺産展』(島根美術館、損保ジャパン東郷青児美術館 2008年)