2011-08-29

『令嬢たちのロシア革命』

レイジョウタチノロシアカクメイ
令嬢たちのロシア革命
斎藤 治子【著】
岩波書店 (2011/04/27 出版)
314,7p / 19cm / B6判
ISBN: 9784000256582
価格: ¥3,990 (税込)


■目次

まえがき
プロローグ 帝政に抗う女性たち
一 貴族女性の抵抗のかたち
二 令嬢たちの自立意識とフェミニズム
三 チェルヌィシェフスキー『何をなすべきか』現象
四 ナロードニキと女性テロリスト
五 マルクス主義の革命運動と女性解放
I
第1章 アリアドゥナ・ティルコーワ——ロシアと女性の解放を求めて
一 誕生,そして兄の大事件
二 ギムナジヤの親友たち
三 結婚,離婚,子持ちのジャーナリスト
四 政治改革運動への参加
五 二人の男性との出会いと日露戦争
六 一九〇五年革命の中で再婚
七 カデットのフェミニスト
第2章 アレクサンドラ・コロンターイ——恋多き社会主義フェミニスト
一 型破りな軍人貴族の家庭
二 結婚,そして別れ
三 プレハーノフとの出会い
四 フェミニズムから学ぶ
五 国際社会主義運動へ
六 反戦平和のための戦いとボリシェヴィキの恋人
七 レーニンとともに革命へ
第3章 エレーナ・スターソワ——ボリシェヴィキ優等生の切ない恋
一 芸術の香り高い家族
二 青春の旅立ちは革命運動
三 ロシア社会民主労働党ボリシェヴィキとして
四 党活動の中で芽生えた恋
五 奇妙な結婚,憧れのレーニンとの出会い
第4章 イネッサ・アルマンド——レーニンへの愛と自立のはざまで
一 フランス生まれの美少女
二 愛する義弟とともに革命へ
三 シベリア流刑
四 ヴァロージャの死,そしてパリへ
五 ふしぎな三角関係
六 『ラボートニッツァ』の発行
七 自立へのもがき
第5章 マリーヤ・スピリドーノワ——エスエルのカリスマ・テロリスト
一 女子高生で革命の道に
二 ルジェノフスキー暗殺事件——スピリドーノワ,世界に名をはせる
三 結婚できない婚約者たち
四 アカトゥイ収容所の仲間たち
五 マリツェフ収容所のコンミューン
六 エスエルの悩み
II
第6章 一九一九年二月革命
一 第一次世界大戦がロシア女性に与えた被害と「チャンス」
二 国際女性デーから二月革命へ——帝政の崩壊,ソヴェトと臨時政府の成立
三 令嬢たちの二月革命
四 レーニンの帰国と「四月テーゼ」
五 臨時政府の改造と総攻撃の失敗
六 臨時政府,夏の明暗——七月事件と女性参政権
第7章 十月革命——ソヴェト政権の「講和」と令嬢たちの「平和」
一 コルニーロフ最高司令官の反乱
二 十月武装蜂起へ
三 ソヴェト政権の成立
四 憲法制定会議の召集と解散
五 ブレスト・リトフスク講和条約——レーニン最大の危機と令嬢たち
エピローグ 革命のもたらしたもの
一 アリアドゥナ・ティルコーワ——ソヴェト政府と戦い続けた生涯
二 アレクサンドラ・コロンターイ——世界初の女性大使への道
三 エレーナ・スターソワ——スターリン時代を生き延びた奇蹟
四 イネッサ・アルマンド——若き死,愛に充たされて
五 マリーヤ・スピリドーノワ——農民のために捧げた命

地図
あとがき
文献

■著者

斎藤治子(さいとう はるこ)
1936年,東京生まれ.
東京女子大学文学部卒,東京大学大学院社会学研究科国際関係論専門課程博士課程修了.東京女子大学,上智大学等の非常勤講師を経て,帝京大学文学部助教授,教授.2003年退職.政治学博士.ロシア現代史,国際関係史.
著書に,『独ソ不可侵条約』新樹社,1995年.『ユーラシア・ブックレット6.いま,レーニンへの旅』東洋書店,2000年.『ユーラシア・ブックレット79.第二次世界大戦を見直す』東洋書店,2005年.(共著)『日露戦争研究の新視点』成文社,2005年.
『世界史史料』編集委員.

■著者からのメッセージ

あるとき「レーニンとイネッサ・アルマンドはほんとに「関係」があったんですか?」と質問を受けた.私が知るわけがないではないか.「本人たちに聞くしかないですね」.やんわりと応えた.
 またあるとき「カランターイの恋愛に興味がありますか?」とロシア人に聞かれた.カランターイ?誰のこと?それが,世界初の女性大使として知られるコロンタイだと気づくまでに,やや間があった.
 私の専門は一応,外交史だから,よそ様の恋愛に首をつっこんでいる暇はないのである.だが,ソ連崩壊後のロシア革命非難のごうごうたる嵐が静まり,多面的な見直しが可能になってきた頃,彼女らがこの時代をどのように生きたのかが気になりだした.そして,裕福な家庭と子どもを「捨て」,革命運動に飛び込んだイネッサやコロンターイなどを通じて,ロシア革命を透視してみようと思った.この革命は女性労働者の「パンをよこせ」のデモに始まったものでもあるのだ.ボリシェヴィキだけではなくソヴェト政府に反対した女性たちにも登場してもらおう.彼女たちは生身の女性だから恋愛もするし,運動との板ばさみもあっただろう.現代の女性たちと共通する問題を抱えていたに違いない.
 個人的な興味から5人の貴族令嬢を選び,21世紀の世界に招待した.

■書評 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

■次代の女性の社会的役割牽引■

 本書を読み進むうちにある感情が熟成されてくる。ロシア革命に至る道筋に顔を出す5人の女性が生き生きと描写され、まるで評伝のような手法が用いられている。著者自身、「歴史学の枠すれすれ、あるいは枠を越えてしまったかもしれない」と書いているが、一般読者にはこの手法こそむしろ著者の意図が正確に伝わるように思える。

 5人の女性(生年は1869年から84年まで)は、ロシア社会を含めヨーロッパ社会を代表する知性と行動力をもっているのだが、貴族やオペラ歌手、文官などの家庭で独自の基礎教育を受けた共通点をもっている。その知的環境を知らされると、彼女たちはロシア革命によって自らの信念(女性の自立や社会主義による男女差別の是正など)が果たされたわけではないが、少なくとも20世紀の女性の社会的役割の牽引(けんいん)者になったことは疑い得ない。

 5人の1人、イネッサ・アルマンドはレーニンを師と仰ぎつつ、しだいに愛情を寄せるようになるが、家庭を捨て、革命家として自立を目指す中に垣間見える実像を著者は好意的に描く。革命が成ったあとの1920年秋に46歳で病没するが、死直前の日記を引用しつつ、「レーニンと革命と(前夫との)子どもたち、この3つがイネッサの中では1つに溶け合っており、彼女の生きる力であった」と書く。レーニンの悲しみの記述も十分にうなずける。

 ロシア革命はドイツから戻ったレーニンが、いわゆる「4月テーゼ」を示し、これが契機となり十月革命が実る。民衆にこのテーゼを知らしめる役を果たしたコロンターイとスターソワという2人の女性の役割は大きいと著者は指摘する。その人生にも、革命理論と実践の研ぎ澄まされた融合がある。最終章で5人の女性が、革命後どのような人生を辿(たど)ったかが描かれる。各様の姿にロシア革命の悲劇も宿っていて考え込む。

■日本ユーラシア協会東京都連合会HPより

『独ソ不可侵条約』(新樹社)『第二次世界大戦を見直す』(ユーラシアブックレット東洋書店)など現代史における国家間の秘密交渉と背後関係に関する精緻な分析で定評ある著者が、このたび世に問うたのがこの『令嬢たちのロシア革命』である。
 "天の半分は女性が支えている"との格言を待つまでもなく、"歴史の原動力に女性あり"ということを再認識させてくれたのが本著だ。帝政末期からロシア革命の黎明期、揺籃期の出来事が女性の手によって創出されたことが丁寧に綴られている。恋愛、結婚、離別など歴史を紡ぐがごとき男女が織りなす綾と女性同士のライバル心などが伏線となって、革命が創出されていく過程叙述が深い味わいを呼ぶ仕上げとなっている。日本語の歯切れ良く、とにかく読みやすい。プレハーノフのロマンスも捨てがたいエピソードだ。

いずれにしても、ロシア革命研究に新境地を拓いてくれたことに敬意を表したい。
渾身の力作、諸兄諸姉には眼光紙背に徹するご精読を乞う。                  (K)

岩波書店 2011年4月27日刊(価3990円)
(斎藤治子氏は東京ロシア語学院理事長、ユーラシア研究所前所長、帝京大学元教授)

〈岩波書店ホームページから〉
二月革命の発端は国際婦人デーに女性労働者が中心となったデモであり,革命の主導者の中には高い教育を受けたロシア貴族の令嬢の姿が見られた.後に世界初の女性大使となったコロンターイ,美貌でも知られるアルマンドら,革命を牽引した五人の女性たちの活躍と苦悩を,ソ連崩壊後公開の続く史料に基づいて,活き活きと描く。