湖国の人たち:滋賀大経済学部特任准教授(ドイツ文学)、川島隆さん /滋賀
毎日新聞 2013年06月08日 地方版
◇現代にも通じるカフカ ストレス生々しく−−川島隆さん(36)=奈良市
小説「変身」などを書いたフランツ・カフカ(1883〜1924)の作品は「不条理」「実存主義」などの言葉で小難しく語られがちだ。「名前は知っているが、読んだことはない」という人も多いのでは。ドイツ文学研究者で滋賀大特任准教授の川島隆さん(36)は「カフカは陰鬱だというイメージを持たれがちだが、おもしろい」と語っている。カフカの楽しみ方を知りたくて大学を訪ねた。【北出昭】
◆カフカとの出会いは?
高校時代、本なら何でも読むほど本好きでした。だから、「変身」も自然に手にしました。私自身、部屋で本ばかり読む「引きこもり」だったので、男が突然、巨大な虫になり、部屋から出られなくなるという内容に共感しました。
◆「変身」を新しい訳で読み直して、おもしろい小説だったんだ、と思いましたが、やはり何を訴えたいのか分かりません。
何かを言いたくてあの小説を書いたとは思えません。メッセージはありませんし、読んでためになるということも一切ありません。それを解釈しようとするとおかしくなります。
そもそも文学とは、主義主張を伝えるために書かれるとは限りません。カフカは自分が生きている状況を書かなくてはいられなくて書きました。その内容は、今の普通の人が読んで「自分のことが書かれている」と思えるものです。カフカの小説は「自分はこれからどうなるのか分からない」「生き方が分からない」「そもそも自分は社会に出られるのか」という気持ちで読めば、しっくりくるのではないでしょうか。
◆そのあたりが、100年前の作品でも、現代人に人気がある理由でしょうか。
カフカを「現代を予言した作家」と呼ぶ人がいます。「変身」の主人公は虫になったことより、人間関係の変化や出張へ行けなくなったことの言い訳に思案しています。カフカ自身、半官半民の保険会社に勤める当時では珍しいサラリーマンでした。会社員をしながら小説を書いていました。今のサラリーマンが感じる「ストレス」をカフカも感じ、それを生々しく書きました。「ストレス」という言葉は使っていませんが、私たちには「ストレス」と読み取れるわけです。ただ、カフカは未来を予言的に書いてやろうと意識して書いた作家ではありません。
◆「変身」以外でお勧めは?
長編(「失踪者」「審判」「城」)が有名ですが、最初は少し敷居が高いかもしれません。一気に集中的に書くタイプの作家だったので、計画して長編を書くということは苦手でした。だからこそ、普通の小説とは違う独特の作品世界を作ることができたとも言えますが。短編には寓話(ぐうわ)のようなコンパクトに凝縮された作品が多く、かめばかむほど味が出てきます。
◆カフカはどんな人でしたか。
手紙や日記を読むとおかしなこと、変わったことを書いています。結婚しなかった恋人に何百通もラブレターを出しています。「好きだけれど結婚したくない。なぜなら自分はダメな人間だから」とネガティブなことを繰り返し書いています。社会人としてはまっとうに生きているのですが、ある意味でダメ人間だったようでもあるので、精神的に「落ちこぼれ」ていたのかもしれません。それでも彼女には「付き合いたい」と言っているんです。今なら「メル友でいよう」ということなんでしょうね。
◆彼女はどう思っていたんでしょうね。
そんな男に好かれたら迷惑ですよね。でも、カフカは彼女からの手紙を残さなかったので、彼女はカフカをどう思っていたのか分かりません。カフカが大きく評価されたのは死後かなりたってからのため、彼女の生の証言も残っていません。
◆東洋への関心はあったのでしょうか。
中国に関することをよく書いています。ドイツ語訳で杜甫や李白の漢詩を読んでいました。また、安藤広重の絵を見ながら書いたのかもと思えるような描写もあります。当時のジャポニスムの影響を感じます。
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■人物略歴
◇かわしま・たかし
1976年生まれ。京都府長岡京市出身。京都大大学院文学研究科博士後期博士課程修了。博士(文学)。専門はドイツ文学、ジェンダー論、メディア論。著書は「カフカの<中国>と同時代言説」(彩流社)、「コミュニティメディアの未来」(晃洋書房)、翻訳「ハイジの原点−−アルプスの少女アデライーデ」(郁文堂)など。