2012-06-19

『ダニエル・デフォーの世界』 塩谷 清人 著

<世界思想社>
『ダニエル・デフォーの世界』 塩谷 清人 著
税込価格 : \4830 (本体 : \4600)
# 単行本: 480ページ
# 出版社: 世界思想社 (2011/12/14)
# ISBN-10: 4790715477
# ISBN-13: 978-4790715474
# 発売日: 2011/12/14
# 商品の寸法: 22 x 16.1 x 4 cm

■目次
はじめに
序 章 デフォーの時代
第一章 幼少期から青年になるまで、王政復古期の状況(一六六〇年から)
第二章 結婚、反乱軍への参加、商売の失敗、著作活動へ(一六七八年から)
第三章 アン女王の治世:政争と宗派対立の波(一七〇二年から)
第四章 政治の世界、変節者か?(一七〇八年から)
第五章 新しい時代、しかし最悪の時期(一七一四年から)
第六章 小説家デフォーの誕生(一七一九年から)
第七章 最後の奮闘、そして死(一七二四年から)
あとがき
◎使用したデフォー関係書/デフォーの作品(原題と訳題)/デフォー関連年表/索引

■富山太佳夫・評 毎日新聞 2012年04月08日 東京朝刊

◇作家の生きた錯綜するイギリス社会

 ダニエル・デフォーについてのこれまでにない素晴らしい本である、と書くと、なんだか怪訝(けげん)な顔をされそうな気がする。あの、『ロビンソン・クルーソー』って小説を書いた人でしょう、というわけで。確かにそれはそうなのだが……これは、あまりにも有名になり過ぎた作品を書き残した作家の悲喜劇ということだろうか。

 ともかくこの本を手にすると、まず最初に彼の肖像画が載っている。これはよく知られたものであるが、それほど立派な身分というわけでもないのに、いかにも一八世紀のイギリスらしい立派なかつらを頭にのせて、それなりにハンサムと言えなくもない。一〇七頁(ページ)までめくると、今度は頭と左右の手首を木の枠にはさまれて晒(さら)し台に立つ男を描いた別の絵に出くわす。勿論(もちろん)そこに描かれているのはデフォー本人の姿である。「この刑では群衆に石や腐ったリンゴ、汚物、卵など危険なものを投げつけられ、ときに不具者に、あるいは最悪の場合殺される恐れがあった」。一七〇三年のロンドンではこんなことも日常的にあったのだ。もっとも、こうした晒し台騒動のことは、日本の読者にも比較的知られているはずである。

この本の斬新さは、実はその先にある。デフォーの拘束された「晒し台の周りを支持者が囲み、花束を投げられ、逆に英雄視された……周りでは彼の著作が売られ、問題の『非国教徒撲滅最短法』まで売られた」。この本にはただこう書いてあるだけではない。著者はこの事件に関係する冊子や詩や手紙を徹底的に調べ上げて、この文章を書いているのだ。少し古い言い方をするならば、実証的な研究と言うことになるのだが、その徹底ぶりとは裏腹に文章は簡潔で、論理はすっきりとしている。デフォーの生きた一七世紀末から一八世紀初めにかけてのイギリスの政治、宗教、経済の錯綜(さくそう)をこれだけ見事にまとめた本はこれまでの日本には存在しなかった。その中に著者はデフォーの膨大な量の著作を埋め込んでいくのである。

 「『レヴュー』は一七〇四年二月から一七一三年六月まで九年間、号数では一五〇〇号をデフォーが一人で書き続けた。当初週一回土曜に出されたからウィークリーで八ページ、値段は二ペンスだった。第七号目……から火曜と土曜の二回出された」。政治、経済は勿論のこと、娯楽のこと、魔女論や霊感の話も。移民問題も。私自身もかつてこの雑誌を手にし、第一号がいきなりフランスの話題から始まっているのに仰天したのを覚えている。

我々はなんとも気安く小説家デフォーと呼んでしまうけれども、『ロビンソン・クルーソー』の出版は一七一九年のことであって、この『レヴュー』の時代の彼はまだ小説家ではないのだ。彼は還暦寸前になってやっと小説家に変身して、今度は小説を書きまくるのだ。いや、小説だけではない。『グレイトブリテン全島周遊記』(一七二四−二六年)というとんでもない旅行記の大作を仕上げてしまうのだ。

 そうか、一七〇四年には『嵐』までまとめていた。この本は、前年にイングランドとウェールズを襲い、八千人超の死者を出したイギリス史上最悪の嵐のルポルタージュであって、その情報収集法の新しさにはただただ驚くしかない。

 そんな一八世紀のデフォーと、一九世紀のディケンズの作り上げたイギリス小説史を前にしながら、塩谷清人氏はこの本を書き上げた。単なる偶然だろうか、今年はディケンズの生誕二〇〇年にあたる。そんな年に、この本を読む幸運。