2012-06-01

『「窓」の思想史: 日本とヨーロッパの建築表象論』

「窓」の思想史: 日本とヨーロッパの建築表象論 (筑摩選書)
著者:浜本 隆志.
出版:筑摩書房
価格:1,680円(税込み)
# 単行本: 270ページ
# 出版社: 筑摩書房 (2011/10/12)
# 言語 日本語
# ISBN-10: 4480015299
# ISBN-13: 978-4480015297
# 発売日: 2011/10/12
# 商品の寸法: 18.8 x 13.4 x 2 cm

■目次

第1章 ヨーロッパ—発信型文化と垂直志向
第2章 日本—受信型文化と水平志向
第3章 永遠性と一回性—窓ガラスと障子
第4章 ヨーロッパの閉鎖性と日本の開放性
第5章 窓辺の風景
第6章 窓の風俗史
第7章 政治支配のシンボルとしての建築
第8章 窓と欲望の資本主義
第9章 垂直志向から水平志向へ
第10章 窓のメタモルフォーゼ

■書評
(早稲田大学教授 原克)

[日本経済新聞朝刊2011年12月4日付]
窓から世界を見る。とはいっても、窓外の風景を愛(め)でよう、というのではない。窓そのものをモノとして眺め、モノとしての窓に織りこまれた世界観を、あぶりだそうというのである。本書の目指すところはこれだ。

 これは建築史の本ではない。窓を理系の目ではなく、文系の目で分析するのだ。建築学の知見はふまえる。だが、あたかも古文書を鑑定するかのように、窓を鑑定するのである。著者にとり、「窓」は古文書なのだ。

 窓の鑑定士の目には、さまざまな思想的風景が映る。

 大聖堂の高窓からは「中世キリスト教的世界観」、貴族の王宮の窓からは「近代の絶対主義」、ヒトラーの「聖なる巨大なモニュメント」からは「ファシズムの権力構造」。さらには、9月11日、崩壊した「世界貿易センタービル」の高層ガラス建築の「巨大な窓」からは、「普遍的な南北問題」などなど。窓から見える「風景」はさまざまだ。

 キリスト教にせよ、全体主義にせよ、南北問題にせよ、いずれも、かつて歴史学が歴史を語るときに援用した「大いなる物語(グラン・レシ)」たちだ。本書は、窓という小さな建築的できごとから、こうした大きな思想的できごとを遠望している。

 しかし、それだけではない。

 鑑定士の目には、さまざまな小さな物語も映る。窓をめぐり繰りひろげられてきた、文化的できごとたち。たとえば、窓辺で交わされる男女の秘め事。これも鑑定士は見逃さない。

 窓の中には「女性」がおり、「女性を狙う男性」は窓外から窺(うかが)う。基本構造はこれだ。「ギリシア神話」にはじまり、「中世騎士道精神」や「『ロミオとジュリエット』」を経て、アムステルダムの「飾り窓の女」にいたるまで。「窓の風俗史」が、硬軟おりまぜて追求されてゆく。そして、そこから、時代の思潮や社会の欲望が遠望される。

 鑑定士のまなざしは二重性でできている。一方で大いなる物語、他方で散漫な物語の断片。双方ともに、確実に視野に入れ鑑定してみせる。そこにこそ、本書の醍醐味がある。

■週刊東洋経済の書評
窓にとどまらぬ建築文化史という広がりの中で、日本と欧米の比較文化が論じられる。水平と垂直が全編のキーワードとなり、押す文化としての開き戸の欧米と、引く文化としての引き戸の日本という決定的な違いが発信型と受信型の文化の差につながっている。

 垂直方向へ延びる欧米の建物は権威とヒエラルキーの所産であり、低層で水平に延びる日本の古い建物とは好対照を成す。西欧の窓はガラスの進歩で役割を大きく変え、日本では障子を閉じれば半透明、開ければ開放感あふれる独特の世界を生んだ。西欧の窓における光は明と暗、二項対立であるのに対し、日本ではグラデーションとなって国民性を規定しているという。

 「窓辺の風景」「窓の風俗史」「窓と欲望の資本主義」など興味深い章が続くが、窓のみならず建築と政治、建築と思想のかかわりが展開されて大いに楽しめる。建物を見る目に加えて文明の行方を考えるよい手掛かりが得られるだろう。(純)