2012-06-06

「ネズミ自身に刺激ボタンを押させると、寝食を忘れてボタンを押し続ける。だから装置電源をオフにしなくては餓死してしまう。最高の快楽は命よりも優先されるようだ。」

■快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか
 河出書房新社 デイヴィッド・J・リンデン著、岩坂彰翻訳 価格:¥1,995
 評 池谷裕二(脳研究者、東京大学准教授)


刺激的な「快楽」の探求

 遺伝子を検査してみた。その結果はじめて知った自分の秘密の一つは、ヘロイン依存症になりやすいことだった。まさかそんなことがわかるのかと驚きつつ他の項目に目をやると、アルコールにも依存癖があるが、タバコやコーヒーにはないと出ている。正解だ。

 そんな経緯で本書を手にした。ふざけた書名にも思えるが「快感回路」は脳に実在する神経系だ。ドラッグや嗜好(しこう)品のみならず、美食、セックス、ギャンブル、恋愛、慈善などあらゆる快感にこの神経系が関与すると著者は言う。

 実は私も研究室で快感回路の刺激実験をしている。たとえばネズミ自身に刺激ボタンを押させると、寝食を忘れてボタンを押し続ける。だから装置電源をオフにしなくては餓死してしまう。最高の快楽は命よりも優先されるようだ。「一度このネズミになってみたい」、そう漏らす学生の気持ちも理解できる。

 本書はこの強烈な回路を徹底的に描く。快楽を感じる脳の機序、快楽が備わっている理由、系統発生的な快楽の獲得——動物たちもアルコールを嗜(たしな)み、自慰行為をする。だから、生命の本質たる「快」の探求はヒトを知ることにも通じる。トピックは幅広い。やせ薬、マニア心理、痛みの快楽、オルガスム増強薬、神秘体験。思わず人に話したくなる話題が盛りだくさんで、読むほどに快感回路が刺激される。とくに性愛を扱う第4章は多くが興味を持つだろう。

 くだんの遺伝子は第6章で説明されていた。この辺りから最終章にかけては未来像が語られ、相当に読み応えがある。快楽を制御できれば、薬物中毒ばかりでなく、パチンコ依存症や浮気症、ストーカーの治療さえ可能かもしれない。いや、そればかりではない。小型の刺激装置を脳に埋め込めれば、誰でも至高のひとときが手軽に味わえるだろう。著者は問い掛ける。「快感がありふれたものになったとき、私たちは何を欲するのだろうか」。岩坂彰訳。

 ◇DavidJ.Linden=神経科学者、米ジョンズ・ホプキンス大教授。著書に『つぎはぎだらけの脳と心』。

 河出書房新社 1900円
(2012年2月20日 読売新聞)

最新科学でここまでわかった、快楽と依存の正体
カイカンカイロ
快感回路
なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか
デイヴィッド・J・リンデン 著
岩坂 彰 訳
単行本 46変形 ● 256ページ
ISBN:978-4-309-25261-2 ● Cコード:0040
発売日:2012.01.23

The Compass Of Pleasure

David Linden's New Book That Explores How Our Brains Make Fatty Foods,
Orgasm, Exercise, Marijuana, Generosity, Vodka, Learning, and Gambling
Feel So Good

http://www.compassofpleasure.org/

■目次
Prologue

One-- Mashing the Pleasure Button

Two-- Stoned Again

Three-- Feed Me

Four-- Your Sexy Brain

Five-- Gambling and Other Modern Compulsions

Six-- Virtuous Pleasures (and a Little Pain)

Seven-- The Future of Pleasure

Notes

Acknowledgments

Index

■デイヴィッド・J・リンデン (リンデン,デイヴィッド・J・)
神経科学者。ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授。主に細胞レベルでの記憶のメカニズムの研究に取り組むともに、脳神経科学の一般向けの解説にも力を入れている。著書に『つぎはぎだらけの脳と心』。


■岩坂 彰 (イワサカ アキラ)
1958年生まれ。京都大学文学部哲学科卒。編集者を経て翻訳者に。訳書に、『ロボトミスト』、『心は実験できるか』、『「うつ」と「躁」の教科書』、『うつと不安の認知療法練習帳』、『西洋思想』など多数。